検索
  • MONA

エチオピア渡航報告〜DAY4〜

4日目は、エチオピアの首都アディスアベバから少し離れて、飛行機に乗ってジンカという村まで行くことになりました。




エチオピアは、イタリアに占領されていた時代はあるものの、アフリカ大陸で唯一、植民地化を拒み独立を保ち続けた国です。なので独自の文化が守られ、今でも80の民族がいると言われています。


フィスチュラの発生要因から考えて、首都よりも郊外の方が患者の方が多いのではと考え、また、Hamlin Fistula病院では様々な民族の方にお会いしたので、彼女たちの生活の様子を実際に自分たちの足で訪れ、郊外に住む女性や民族の女性の置かれている状況、生活の様子を実際に見たかったことが訪問理由です。


民族は特にエチオピアの南部に多く、ジンカは民族の方々にお会いする為の中継地点のような場所なのです。

さらにジンカにはサミという友人がいたので、事前に連絡をしたら、ジンカの村を案内してくれるとの事で、彼を頼りに訪問することになりました。 ちなみに、チラシのエチオピア翻訳をしてくれたのも、サミでした。

アディスアベバの空港まで着き、予定より2時間遅れてジンカ行きの飛行機が飛び立ちました。 2時間の遅れに対して、お菓子とお水が配られたのには感動しました。

ジンカに到着すると、アディスアベバとはうってかわって一面大自然!!!!



両手を広げて深呼吸がしたくなるような雄大な山に囲まれた小さな空港でした。




銀行で勤めているサミに変わり、彼の友人であるトゥクトゥクドライバーの方が空港まで迎えに来てくれました。




名はダギー。体格が良く、なかなかのイケメンでした!!

空港からジンカの中心部までは約30分ほどでした。 道中森の中にポツポツと立っている藁や木でできたお家がなんとも可愛らしかったです。



中心部まで着くと、サミが仕事を抜けて会いに来てくれました!感動の再会!!(松本が3年前世界周遊をしている時に会った方です)

3年前よりとても、なんだか立派になっていました。

家に泊めてほしいと言うと、快くOKしてくれました。エチオピア初!ホームステイです。

サミの家に着き、その民族の方々の生活にも是非触れてみたいと彼に伝えると、トゥクトゥクで30分くらいのところに、アリ族の集落があるので、そこに訪問してみてはどうかと提案してくれました。

そこに是非行きたいというと、現地のガイドの方を紹介してくれました。

アリ族の村までは、ダギーの運転で行くことになりました。

ガイドと合流すると、風貌がいかにもパーティーピーポーな方でした。なんだか少しだけ不安に。。名は、アブラハム



私たちがアリ族の村に訪れている間、サミは仕事に戻ることに!なんとも真面目な彼!!

トゥクトゥクで村まで行くまでの道のりも山!山!山!

都会の排気ガスに参っていた私たちを、とても清々しい気持ちにさせてくれました。 みちかう人々が、ほがらかに手を振ってくれます。


いよいよ集落に到着しました。 最初に目に入ったお家にアブラハムを先頭におじゃまさせていただきました。



男の子が慣れた手つきで包丁をといでいて、子供たちがその周りでキャッキャと遊んでいました。



皆さん本当に朗らかに受け入れてくださいます。

その後も、数件のお宅にお邪魔させていただきました。 どこのお家の方も突然きた異国の私たちを快く受けいれて、お家の中にいれてくださったり、国民食であるインジェラづくりをさせてくれたりしました。

インジェラは主に3種類あるらしく、ここで作らせていただいたインジェラはかなり酸っぱかったです。



鶏を飼っているお家も多く、なんだか微笑ましいです。



苗木を育てていて、これを何に使うのか尋ねたところ、なんとお家を作るために育てているというのです。


日本から来たというと、とても嬉しそうにしてくれて、仲良くしてくれます。

仲良くさせてくれたお礼にと、音楽をかけてチアをすると、みんな目を輝かせて一緒にやってくれます。



音楽に、ダンスに、チアに、国境はないな。と思う瞬間です。 ポンポンを持った時のキラキラした瞳が、いまも心に焼き付いています。




みんな、子供の頃から、鶏の世話や水汲みなど、自分の役割を全うして力強く人生を生きている様子が伝わってきて、本当に逞しいな、と思いました。


彼らの生きていく力。好奇心旺盛なワクワクする心。こちらが教わることがたくさんあります。

一緒にチア踊ったこと、笑顔の時間を共有したこと、このブレスレットをみて、思い出してね。悲しくなった時、辛い時、このブレスレットをみて、また笑顔になってくれたら嬉しい。エチオピアと日本はとても離れているけれど、そんなことは関係ない。私達は、もうお友達。



フレンドリーに迎えてくれるのは男性や子供が多く、女性は家の中にいらしたり、食事作り、水汲み、薪運びをしている姿が印象的でした。

アリ族の村は山奥にあります。コンクリートで舗装された道もなければ、水道も電気もガスもありません。



薪運びは、小さな女の子も行っており、トゥクトゥクでの道中も数名、薪運びをしている女性や女の子を見かけました。



何十キロもありそうな薪を背負って、何十キロという山道を、彼女たちは歩いているのです。背が低い女性が多い印象があり、小さい頃からのこれらの労働で、背骨や骨盤にも少なからず影響があるのではないかと思いました。


もう臨月かな、という女性にも会いましたが、見た目はまだ10代くらいで、まだあどけなさが残っていました。初めての妊娠だと語っていた彼女。旦那さんも、同じ10代くらいでした。アリ族の男性は結婚を機に、父親から譲り受けられた土地に家を立てるとのことで、この夫婦もそうしていました。


10代のうちはまだ骨盤が未発達なことが多く、それだけ出産のリスクが大きいとのことです。村にはお医者さんも見当たらなかったので、出産も自宅や伝統産婆と言われる方の元で産むということが予想されます。

インターネットもSNSもなく、本などもなかなか手に入らない環境にいる彼らは、早すぎる結婚のリスクや、妊娠をしたら病院に行って検診をするという情報を得ることがなかなか難しいのでは、と感じました。


フィスチュラは予防ができる病気。そのために検診に行こう!と訴えても、一番近くの病院は都市部に割と近いアリ族の村でも、歩いたら4時間ほど。重たいお腹で、日々の労働に追われている彼女たちが、検診のために病院まで行くことは、なかなか難易度が高いものだと感じました。

フィスチュラの発生要因は色々なものが複雑に絡み合っていると学びましたが、本当にその通りだと、アリ族の村を訪れて改めて感じました。


日が暮れてきたので、後ろ髪を引かれる思いで、トゥクトゥクでサミの家まで帰りました。

アブラハムとはここでお別れです。最初の出会いは少し不安でしたが、丁寧にあり族の方の通訳や生活についてなどの説明をしてくれ、とてもいい方でした。あれのお陰で、安全に、そして色々学べる訪問が叶いました。

仕事から帰ってきたサミが、ジンカの村を少し案内してくれました。 私たちが歩くと、村の子供たちが集まってきます。



ここでも一緒にチアをやると子供達は大喜び。



チアは、誰かに笑顔を与えようと思って最初は相手に披露するのですが、気がつけばその相手から私たちの方が笑顔をもらうことばかり。



ジンカの村でも、子供達から、私たちの方がたくさんの笑顔を与えてもらったような気がします。



そのままサミのジンカ案内は続き、川を渡ったり、立ち入り禁止ではないか?というところに入ったり、少しの村探検だけでも、私たちにとってはおおきなアドベンチャーでした。

素敵な自然と、可愛い子供達に囲まれて、幸せなひと時でした。



夜はトゥクトゥクドライバーの彼とサミと4人でご飯を食べに行きました。

ご飯はどこにいってもやっぱりインジェラ。

ジンカのインジェラは、首都のアディスアベバよりもさらに美味しく感じました。



インジェラを食べながら、エチオピアのビールを飲み、お互いの国の生活についてやお互いの夢の話になりました。


ここで、エチオピアの教育事情について尋ねました。

サミによると、現在エチオピアでは、高校までは公立の場合基本授業料は無料。小学校の就学率も最近かなり上がってきているが、家庭の事情なのによりドロップアウトしてしまうケースはまだまだ多いとのこと。

サミもダギーも大学まで出ているのですが、4年間授業料はなんと奨学金。働きながら返しているといいます。その制度を使い大学に通う人は多いのだとか。

サミは私が3年前あった時は牛マーケットの番人をしていました。しかし、その後、職を失い、2年間仕事が見つからなかったとのこと。

その間、神様に裏切られてような気分になり、死にたいとまで思ったといいます。しかし、9ヶ月前に銀行に就職することができ、彼の瞳は、希望に溢れているように綺麗でした。

サミは将来、世界中の人が語りあえるようなBARを開きたいと言っていました。

努力家の彼なら、きっと叶えることができるでしょう。

国境を越えて、夢について語り合う。 なんともかけがえのない時間でした。


エチオピア4日目は、エチオピアの大自然に触れ、自然と仲良く逞しく優しく共存している民俗の方と触れ合い、その中で色々と考えさせられ、感動の再会も果たし、みなで夢を語り合い、時間の流れがゆっくりと感じられた貴重な一日でした。


0回の閲覧

© 2020 SC HURRAY