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エチオピア渡航報告〜DAY3〜

3日はHamlin Fistula病院の施設の1つであるDESTA MENDERと在エチオピア日本国大使館へ表敬訪問をしました。

【DESTA MENDER】

https://www.hamlinfistulauk.org/Pages/DestaMender.htm

DESTA MENDERは日本語で「喜びの村」という意味になります。

首都アディスアベバにあるHamiln fistulaの病院から15キロくらい離れた場所にDESTA MENDERがあり、長期のリハビリテーションを必要とする患者や、コミュニティから疎外され帰る場所がなくなった女性が暮らしています。

このDESTA MENDERの中で職業訓練を行い自立を支援したり、元患者の方が村に帰らずDESTA MENDERに残りカフェや農場で働いたり、また、助産師を養成する大学も併設され、かなりの大規模な施設となっています。

日本では15キロはたいしたことがない距離ですが、排気ガスと悪路の中1時間ほどかけて何とかDESTA MENDERに到着しました。

門をくぐると、前日と同様神社のような聖域に訪れたのではと感じる程空気が一変しました。



事前にHamlin Fistula病院の方がDESTA MENDERのコーディネーターに連絡をしていただいたおかげで、Desta Menderで働くスタッフの方々を順番にまわり、それぞれの自己紹介と業務内容を教えていただきました。 DESTA MENDERを運営するコーディネーターの方から、会計業務や世界中から集まる寄付金の管理、運営業務など1つの企業のように構成されています。 事務的な部門を担当する方々の業務の説明が終わると、助産師養成大学へご案内していただきました。



大学の運営担当のスタッフの方から、教育施設から実習室、宿泊室などあらゆるところを丁寧に案内していただきました。




なぜ、Hamlin Fistula病院が助産師養成大学を創設したのか。

産科フィスチュラの患者の方にとって必要なことは当然ながら負ってしまったフィスチュラの「治療」です。日本で観ることができた「Walk to Beautiful」というフィスチュラのドキュメンタリー映画では、手術を受けるために、病院まで行く交通費20ドルを6年かけて貯めた女性がいました。

これだけの時間と治りたいという必死の想いを抱え病院を目指します。そのため、彼女達の人生と尊厳を取り戻すため治療はとても大切ですが、治療だけではザルで水をすくうように、終わりのない活動になります。

1人でも悲しむ女性を減らすためにはフィスチュラの「予防」が必要になります。

では、どのように産科フィスチュラを予防するのか。

産科フィスチュラは難産による合併症でもあり、逆にいえば、出産前検診などで病院で診察を受けることで、事前に難産になりそうな症例を発見しフィスチュラの発生率を低下させることが可能になります。

そのためには、助産師の存在が必要不可欠となります。

エチオピアを始め途上国では伝統産婆と呼ばれる人が出産を介助するそうですが、医学的な知識が不足しているため、難産により病院で行う必要がある処置が受けられず死産やフィスチュラを発症することもあるそうです。

また、女性の地位が低いため、女性が病院へ行くことも難しく、そもそも近くに病院がない場合もあります。

オーストラリアのHamlin fistulaのHPにはこのような言葉が記されています。

A midwife can be the difference between life and death.」

生と死、それを分けることができるのが助産師である。

フィスチュラを予防するために、最重要視されている助産師を育成するため、Hamlin Fistula病院は全額奨学金の助産師大学を創設しました。

オール英語の、エチオピアから6倍近くの倍率(年によって前後はありますが)の試験を突破し、年間約24名の生徒が入学をするそうです。

在学中は全額奨学金で学ぶことが出来、全寮制で食事もついています。



校内は隅々まで掃除が行き届きとても清潔で綺麗でした。

助産師養成の大学のため、出産用のダミーの人形があるだけでなく、フィスチュラ患者の治療のための人形もありました。また2,000冊を所蔵している図書館もあり、更には、バスケットコートやプレイルームなどもありました。

この奨学金や生活費は世界中から集まる寄付金により運営をされています。

卒業後は、Hamlin Fistula病院がエチオピアの各地域に創設した支部病院や、政府の公的医療施設と提携し、様々地域の病院へ派遣されます。また、更なる専門機関として2年制のいわゆる大学院もあるそうです。



印象に残ったことは、助産師養成大学に卒業する生徒の写真が飾られており、その写真を1つ1つスタッフの方が思い出とともに私たちに語ってくれたことです。



進路相談から、卒業後のサポートまでとても丁寧で思いやりに溢れている学校でした。

1人の女性の人生を尊重し大切にするハムリン氏の想いが、大学にも浸透しているのだと改めて感じました。


フィスチュラを治療するだけでなく、エチオピア国内に優秀な助産師を増やすことで、フィスチュラを予防し、エチオピアのお母さんと子供の健康を守る。更に治療後に社会復帰した後もずっと元患者の方と連絡をとりあい、また自分たちが居住していた村に帰れない・帰りたくない女性達には、Hamlin Fistula病院の施設などでスタッフとして働く居場所を作ること。「患者」としてではなく、1人の人間の人生として受け止め大切にする、Hamlin医師やそのスタッフの方達の真摯な取り組みにとても感銘を受けました。

スタッフの方が1つ1つ丁寧に丁寧にご説明をしていただくため、DESTA MENDERでかなり長い時間を過ごすことができました。 しかし・・・ 私たちは、この日在エチオピア日本国大使館の表敬訪問も控えておりました。 また、可能であれば女性たちと笑顔の時間を共有したい、という想いもあります。 スタッフの方々の熱い想いと、こみ上げてくる若干の焦りとの葛藤。 Desta Menderの中には農園があり、牛舎と農園も是非案内したいと仰って下さいました。 牛舎を見学させてもらうと、もしや、これは牛1頭ずつの説明になるのでは・・・という程の熱い意気込みをひしひしと感じます。



非常に残念がるスタッフに罪悪感を感じながら、泣く泣く牛の詳しい説明を省略させていただき、スタッフルームに戻ります(決して牛を軽視した訳ではありません)。 が・・・・・。 スタッフの方から「一緒にランチをしない?」という非常に非常に有難い申し出を受けます(汗)。 その土地の食べ物を、その土地の人と食べることは、友好を深める最も良い手段です。断れる訳がありません。 結論です。 「ランチの申し出を受けつつ、ASAP(as soon as possible)で食べるべし。」 となりました。




ここで、スタッフの方たちの人柄が分かる出来事がありました。 私たちのドライバーであるモゲスも一緒に食事をしようと誘って下さいました。 モゲスについては、後程詳しくお伝えしたいのですが、単にドライバーとして扱うのではなく、私たちの一員としてもてなしていただいた深いお心遣いにとても嬉しくなりました。 食事の間、どうしてここで働きたいと思ったのか、私たちの日本での生活のことなどを話しました。 エチオピア人は美人が多いと言われるように、日本人と違って目鼻立ちがはっきりして彫りが深い顔に憧れると話すと、エチオピア人にとってストレートの長い髪が羨ましい、つまり私たちはお互い羨ましい部分を持っているから、それを誇っていこうよ、とたわいもない話で笑い合いました。 昼食が終わると、患者や元患者の方々が暮らすロッジの1つへ案内してもらいました。 そこへ女性たちが集まってきました。

Hamlin Fistula病院で受けたあらゆる感動と、時間がないという焦りが、逆に、短い時間内に私たちの想いを伝えなければ!という、熱い流れを引き起こしました。

前日と同様、 「エチオピアと日本は遠く離れているが、私たちは同じ女性であり、私たち女性は皆美しい。私たちの心はいつでも繋がっている。悲しい時や辛いことがあっても、私たちは日本からあなた達のことを思っているから思い出して欲しい


ということを伝えました。ここで、コーディネーターの方の名通訳により、私たちが一言一言話すたびに、女性達から賛同の声が叫ばれます。

エクササイズダンスは、エチオピアの人にとっては不思議な動きだったかもしれませんが、楽しく笑顔の時間を共有したいという気持ちが伝わったのか、私たちと女性達の間に感動という大きな大きな熱気が生まれ、感動のあまりエクササイズダンス中涙がこぼれてきました。




ダンスが終わると嵐のように全員からキスとハグが降りかかりました。

この感動の時間をずっと続けばいいのに、という想いもむなしく時間が迫ってきました。 別れを惜しむ女性達や、一つのことを一緒に成し遂げた盟友のようになったスタッフの方たちに別れを告げ、必死の形相で車に戻り、いざ日本国大使館へと向かいました。



【いざ在エチオピア日本国大使館へ】

何とか車の中で着替えつつ、大使館の方々とお話する内容を整理していました。 が、ここで、エチオピアの酷いインフラの恩恵を受けました。 ものすごい渋滞にはまり、この旅で一番焦った時間でした。 ボロボロの状態でありながら、何とか大使館へ到着することができ表敬訪問がかないました。



エチオピアの政治情勢や、エチオピアでは流産や死産などの出産率の低下ではなく、生まれた後の児童の死亡率の低下の取り組みのほうが政府として重要視されていることなど貴重なお話を伺うことができました。

私たちがチアリーディングというスポーツによる国際交流を目指しているということで、 『海外ではスポーツというと勝ち負けを競うものだが、日本は柔道や剣道、華道・茶道とあるように『道』、つまり規律があり、過程を大切にすることが日本のスポーツの素晴らしいところだ』というお話をいただいたことが印象に残っています。 チアリーディングには『道』という文字はありませんが、チアリーディングは勝敗を競う競技ではなく、観客の方を盛り上げ、そのパワーを選手に届けること。観て下さる方に少しでも喜んでもらえるために、厳しい練習をこなし技術鍛錬を行うこと。このお言葉の意味はチアスピリットに通じると思いました。

オリンピックでは、マラソンなど陸上競技が強いエチオピアですが、人気のスポーツはサッカーだそうです。残念なことに、それほどスポーツが盛んな国ということではないそうです。

ちょうど2日後に日本からエチオピアのスポーツセンターに柔道の畳が100枚贈呈されるセレモニーが行われる情報をいただきました。エチオピアでそのようなセレモニーに立ち会える機会はないので、何とか予定を調整できないか話し合いました(後に続きます・・)

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